管理人の「ヨシ」です。当サイトに足を運んでいただきありがとうございます!
ここでは、僕のプロフィールを紹介しています。
暇潰し程度の感覚で見てもらえると幸いです。
もくじ
「ヨシ」ってどんな人?
東北のある田舎で生まれた、40歳になったばかりのオッサンです。
自分で言うのもなんですが、「ダメ人間」です。
ダメ人間コンテストで金賞をとれる自身があります。
- 飽きっぽい
- 金銭感覚ゼロ
- 見栄っ張り
- 短気
- 我慢できない
- ワガママ
- 背がちっちゃい
- ちょっと走っただけで膝がプルプルする
こうやってみると人としてヤバいですね…。
ちなみに、イケメンは大嫌いです。
そんな僕ですが、一つだけ長所があります。
それは、「一度決めたことは意地でもやり通す」ことですね。
この長所のおかげで、どん底からステップアップしていくことができました。
高校を中退するまで
強制坊主+ヘル中出身です。
中学に入ると、ヘルメットにステッカーをベタベタ貼るような悪童へと成長してしまいます。
中学デビューというやつですね。

髪の長さもギリギリ注意されない「五分刈り」にして、限界までの長髪にこだわることで社会に対して反発していました。
とにかく勉強が嫌いで、年々成績は下がる一方。
おかげで、誰でも入れるような高校しか行ける所はありませんでした。
今思えば、もっと真面目に勉強しておけば良かったと後悔しています。
そんな高校生活ですが、1年の冬休み明けに「飽きた」という理由で退学します。
その後はアルバイトを転々としながら、夜通し遊び倒す毎日を送りました。人生で一番楽しかった時期ですね。
仕事に対する考え方が変わる
無断欠勤ばかりするため、アルバイトを探してはクビの繰り返しでした。
そんな中、アルバイトで働いた居酒屋での出来事が、仕事に対する考え方を変えます。
自分では適当に働いていたつもりでしたが、店長は「高校もろくに出ないやつにまともなのはいないと思ってたけど、お前を見てたら考えが変わった。」と言ってくれたのです。
働いて褒められたのは初めてだったので、嬉しさのあまり衝撃を受けました。
初めて頑張って働こうと思った瞬間です。・・・その後辞めましたが(笑)
車の免許を取り、いろいろな所で面接を受けたのですが、「高卒じゃないと無理」という理由でどこにも就職できません。
やっとの思いで見つけた町工場で働くうちに、先のことを考えて高校だけは卒業しようと決意します。
思い立ったら行動、さっそく通信制の高校へと通うことになりました。
ちなみに、その時働いていた町工場では、工場内で爆発が起こる珍しい体験をしています。
何より衝撃だったのが、金属火災用消化器の威力のなさです。
「ポフッ」っとしか出ないので、火にかなり近づかないと消化できません。
とツッコミながら消火活動をしていました。
再び始まった高校生活は地獄だった
平日は遅くまで仕事、休日は朝早くに起きて片道2時間の通学。
学校が終わって返ると勉強。
と一人でツッコんでいました。
冬場は尋常じゃないくらい寒いので、
と何度布団の中で思ったことでしょう。
それでも何とか頑張り、2年間の通学で高校を卒業します。
卒業式では、前日にたくさん飲んだお酒がこみ上げてくるほど感動しました。

転職の繰り返しからまさかの出来事・・・
高校を卒業したことで転職を決意し、学歴とは無縁の自動車板金工場へと転職します。
が、社長の息子とケンカして2年で退職。
その後、設備関係の仕事に就きます。
ここで資格を2つ取得し、普通自動車免許だけの生活からおさらばです!
本当は「英検5級」もあったのですが、履歴書に書く勇気はありませんでした。
将来このままでいいのかな…
トイレで不安に思いながら働いている時に、まさかの東日本大震災に巻き込まれます。
経験したことのない地震の大きさ・津波・あちこちで起こる火災に、
と本気で覚悟しました。

この震災で実家はなくなり、職場は全員解雇という状態になりましたが、家族全員が無事だっただけで十分です。
避難生活中に数々の免許をゲット
被災地では求人があまり出回っていない状況で、目に留まったのが「重機オペレーター」でした。
せっかくの機会だし他の免許もとろう!!
ということで、失業手当を各種免許の取得につぎ込み、1ヶ月で5つの免許を取得することができました。
講習場所までは2時間かかるため、ほとんど車中泊の状態です。
まさか職務質問されるとは思いませんでしたが・・・。
ちなみに、僕はチキンなので警察の質問に反発はせず、
あ!免許ですよね、今出します!!
清々しいくらい協力的でした。

震災で何もなくなったことにより、
との考えで、勤務地に拘らず就職活動をした結果、大都会関東地方で就職先が見つかります。
上京。そして意識高い系へ・・・

建材を取り扱う会社の倉庫マンとして入社したのですが、フォークリフトの経験がなかったため運転には苦労しました。
なんとか仕事をこなしていくうちに、徐々に仕事を任せられるようになります。
新しい倉庫のレイアウトを考えたり、運転手さんとの取り次ぎだったり・・・。
仕事にもいろいろ口を出すようになってくると、意識高い系の悪い癖が出てきます。
こっちはみんなのためを思って言ってるのに
そのうち、
オレがやった方が早いや
と見下すようになり、職場では僕が原因で一人、また一人と辞めていきます。
ある日、上司と話す機会があり
そんなに部下が信用できないなら一人で仕事した方がいいんじゃないかな?
と言われたときにハッと気が付いたのです。
ですが、時すでにお寿司。
一度失った信用は取り戻すことが難しいのが現実。
部下が僕に怯えているのを見て
と感じ、退職することを決意します。
上司には
と言われましたが、そんなことはありません。
どんなに仕事のできる人間でも一人では限界があります。
むしろ、チームワークを乱す人間の方が足を引っ張るのです。
独立を目指すきっかけと出会う

同じ間違いをしないようにと、鉄鋼を扱う会社の倉庫マンとして心機一転頑張ろうとしたのですが、なんと!そこは超絶ブラックだったのです。
たった一人のクセの強い上司のために、会社内の人間関係はボロボロの状態です。
おまけに、僕の同僚は2週間で会社を辞め、その後に入社してきた人たちもみんな辞めていきました。
僕も毎日にように「バカ」「辞めろ」だの罵詈雑言を浴びせられます。
さすがに前の会社では暴言までは吐かなかったのですが、
と我慢してきました。
が!入社して2年目の年末に、理不尽な理由で怒鳴られたことをきっかけに退職を決意します。
そこで、いろいろと考えて出した答えが
というものでした。
独立といってもお金があるわけでもないので、資金の必要としないブログに目を付けます。
退職までの期限を2年間と決め、そこからはプライベートの時間をすべてブログ制作に当てました。
現在ではその職場は退職しブログ一本で生活していますが、まだまだ独立しているとはいいがたい状況です。
ですが、一度決めたことです。
独立できるまでやり抜くつもりなので、生暖かい目で見守ってやってください(笑)
このブログを立ち上げたキッカケ
働き方に対する考えが変わってきた現在でも、社員や部下を追い込むようなブラックな職場というのは存在しています。
僕もブラックな環境で働くことにより、毎日会社に行くのが辛くて玄関の扉を開ける時には大きなため息が出たものです。
時には精神が病んだこともありました。
会社へ行けば理不尽な上司から罵声を浴びせられたり、時には同僚が恫喝をされているのを間近で目撃したり。
こうしたブラックな職場で働いていると、周りの人はどうやって対処しているのか知りたくなりますよね。
そこで、僕と同じように職場の問題で苦しんでいる人に向け、問題の解決策を発信しています。
僕が発信している内容は、時に共感できないかもしれません。
これは、現実的に考えたうえでの解決策を紹介しているからです。
キレイごとや上っ面だけの解決策を述べても、現実は甘くありません。
僕自身がぶち当たった現実の壁や、失敗談をもとに紹介しているので、解決の手助けになれる内容になっています。
新しい一歩を踏み出すことは勇気がいるもの、当サイトが「背中を押す役割」になれれば幸いです。
悩みがあれば、記事の下にあるコメント欄から相談してみるのもOKですよ!